2002マスターズ特集 PART2 ボビーの困惑

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1枚目:NO.12 GOLDEN BELL PAR3グリーン右側が13番ティ-、林の奥へ25Yバックするという。
2枚目:NO.13 AZALEA PAR5セカンドショット付近、300Yのドローなしではレイアップ必至だ。
3枚目:NO.16 RED BUD PAR3昨年のミケルソンは最終日このホールの3パットで万事休す。
4枚目:NO.18 HOLLY PAR4 オーガスタ唯一の右ドッグレッグホール、上りの465Yとなる。
ALL Photos by T.SHIMAZU

ことしの話題は何と言っても大胆なコース改造だ。
`97年にレコードの18アンダー(270ストロークス)、そして昨年も16アンダーと強烈な先制パンチでスコアを叩き出すタイガー対オーガスタナショナルコミティーとの威信をかけた戦いは熾烈を極める。

昨年8月に発表されたオーガスタナショナルGCチェアマン HOOTIE JOHNSONの改造計画によると、ボビー・ジョーンズの哲学を受け継いで時代に合った最高のゲーム環境を追い求めるため、4つのPAR4ホールと5つのPAR5ホール計9ホールを10~60ヤードもティーを後方に移動して、6,985ヤードの全長をなんと7,270ヤードにするというものであった。

パッティンググリーンを東へ30ヤード移動させて、1番ティーを25ヤード、10番ティーを10ヤードバックさせ、11番ホール(WHITE DOGWOOD PAR5)は林を更に切り拓いて35ヤードも後方に洞穴の様な小さなティーインググランドを造るという。これでクラブハウス前の広場は4ホールのティーとグリーンが入り乱れて一段と混雑することになるのだろう。

なかでも13・18番ホールの改造はゲーム展開を大きく左右することになる。隣接のオーガスタCCの土地を購入してまでこだわった13番ホール(AZALEA PAR5)は、12番(GOLDEN BELL PAR3)グリーンのすぐ隣にあったティーを林の奥へ切り拓いて25ヤードバック。落下地点前方の林間で見守るギャラリーから緊張のティーショットは、双眼鏡を使ってももう見えないかもしれない。

昨年、タイガーや伊沢利光がスプーンのドローで、ミケルソンがハイフェードで260~270ヤード付近から大きく左ドックレッグさせていたアーメンコーナーの美しき誘惑のホールは510ヤードのPAR5となって、300ヤードの正確なドローボールなしではレイアップを余儀なくされることになる。

タイガーといえどもセカンドはこれまでの8番から、5~6番の選択になるであろうか。予選カットラインや最終日の追い上げの大事な中盤で、つま先上がりの斜面から打ち出すリスク覚悟のドローのセカンドが、グリーン右奥から手前に流れる悲情なクリークに吸い込まれていくシーンが増して、よりスリリングなホールとなることは確実だ。

でもこのホール改造はむしろパワーヒッターに絶対有利。アーティスティックなパーシモンの使い手であったというボビーとマッケンジーのゴルフ美学、そしてオーガスタコミティーの困惑は果てしなく続く…。

18番ホール(HOLLY PAR4)の60ヤード延長も凄い。高いジョージアパインの回廊を抜いて左バンカーを越えるには、何と急勾配の320ヤードを要することとなる。しかもその左には四本の樹木が植えられるというから、これでもはやフックは絶対に打てない。アーメンコーナーから16番まで左に回してきたスイングの流れが、プレッシャーのかかった最終ホールで昨年の伊沢のように右サイドに安全に置けるかどうか?
18番グリーンも2段の受けをなくして、逆バンクを付けて奥にこぼれ易くするという。イージーバーディーはこれで皆無。メジャーらしくせめぎ合う展開の最終日となったら、試合の決着はやはり昨年タイガーとミケルソンが試合後のインタビューでしみじみ語っていた通り16番ホール(RED BUD 170Y PAR3)か?最終日恒例の左奥のピンプレイスメントに対して、右から左へ大きく傾斜する高速グリーンに対応する球種(!)の勝負だ。

もしあなたがことし運良く決勝ラウンド観戦の機会を得られるとしたら、最終日は16番右サイドのギャラリースタンド上段に朝から待機してはいかがか。

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2002マスターズ特集 PART1 その歴史/ふたりのロバーツ

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1枚目:NO.10 CAMELLIA PAR4はマッケンジーの図面ではNO.1ホールであった。
2枚目:1932年設立AUGUSTA NATIONAL GOLF CLUBは今年から6,985Yから7,270Yに延長される。
3枚目:NO.13AZALEA PAR5は右奥からグリーン手前に非情のクリークが走って美しき誘惑のホールだ。
4枚目:水曜日のパー3コンテストは、1960年からC.ロバーツ自ら設計の9Hole Par27で毎年開催されている。
ALL Photos by T.SHIMAZU

1930年、28歳で当時の四大メジャーを制したROBERT TYRE JONES(ボビー・ジョーンズ)は、第二の故郷アトランタに近いジョージア州オーガスタに理想のコースとトーナメント創設の夢を見た。

ボビーの偉業と人間性に魅せられていたニューヨークの実業家・盟友CLIFFORD ROBERTSの支援のもと、設計にDR.ALISTER MAKKENZIEを擁して1932年に完成したコースはAUGUSTA NATIONAL GOLF CLUBと名付けられ、虚飾を排してボビーを信奉するわずか59人のメンバーと$350の入会金で運営が開始されたという。

ボビーとマッケンジーの理想とした設計コンセプトは「万人に(ゴルフの)喜びを与えるコース」。上質なフェアウェイ、必要最小限のラフ、グリーン回りにわずかなバンカーを配置して、その後世界中の多くのコースの軌範となった<プレーヤ―の技量や飛距離に応じてイコーリィコンデションを提供する>というものであった。

2人が理想としたトーナメントの第1回大会の当初はAUGUSTA NATIONAL INVITATIONとして1934年3月22日開催された。その後1940年から正式にMASTERS TOURNAMENT(名匠達の…)として4月第1週に歴史を刻むこととなる。

28歳の若さで競技ゴルフを究めてしまっていたボビーにとって、コースはもはや戦いの場ではなくなっていたが、1931年から46年間に渡ってクラブチェアマン、そしてクラブ史上唯一人のプレジデントとして理想のトーナメント創りに後半生を捧げることとなるクリフォード・ロバーツの強い説得により全12回のトーナメントに参戦、戦績は第1回大会の13位が最高位であった。

15番ホール、奇跡のダブルイーグルの歓声が世界中にこだましたと言われる第2回大会優勝のGENE SALAZENは、往時を振り返って「彼は一緒のプレー中多くを語らなかったが、ショットの度に大勢のギャラリーが走り出して、ちょうど現在のタイガーのようであった。」と述壊していたという。

1942年にはBYRON NELSON、1950年に入ってBEN HOGANが2回、1958年にはARNOLD PALMERが登場して1964年まで4度のグリーンジャケット、そして帝王JACK NICKLAUSは1963年から1986年に46歳で最年長優勝遂げるまで6回のウィナーレコード、爍然と輝いている。
よりフェアでエキサイティングなゲームを求めて、今では当たり前の4日間18ホール制の採用(それまでは3日目に36HS)や会場のリーダーズボードの設置、そして現在も毎年繰り返されるコース改造。パトロンと呼ばれるギャラリーとボランティアの感動の共有、メディアとりわけ映像表現にまでこだわったTV中継のシステムなど…。

ボビーとクリフォード、ふたりのロバーツはほとんど半世紀に渡って、可能な限りの商業性を排除しながら理想のトーナメントの夢を追い続けたのである。

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