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1枚目:NO.10 CAMELLIA PAR4はマッケンジーの図面ではNO.1ホールであった。
2枚目:1932年設立AUGUSTA NATIONAL GOLF CLUBは今年から6,985Yから7,270Yに延長される。
3枚目:NO.13AZALEA PAR5は右奥からグリーン手前に非情のクリークが走って美しき誘惑のホールだ。
4枚目:水曜日のパー3コンテストは、1960年からC.ロバーツ自ら設計の9Hole Par27で毎年開催されている。
ALL Photos by T.SHIMAZU

1930年、28歳で当時の四大メジャーを制したROBERT TYRE JONES(ボビー・ジョーンズ)は、第二の故郷アトランタに近いジョージア州オーガスタに理想のコースとトーナメント創設の夢を見た。

ボビーの偉業と人間性に魅せられていたニューヨークの実業家・盟友CLIFFORD ROBERTSの支援のもと、設計にDR.ALISTER MAKKENZIEを擁して1932年に完成したコースはAUGUSTA NATIONAL GOLF CLUBと名付けられ、虚飾を排してボビーを信奉するわずか59人のメンバーと$350の入会金で運営が開始されたという。

ボビーとマッケンジーの理想とした設計コンセプトは「万人に(ゴルフの)喜びを与えるコース」。上質なフェアウェイ、必要最小限のラフ、グリーン回りにわずかなバンカーを配置して、その後世界中の多くのコースの軌範となった<プレーヤ―の技量や飛距離に応じてイコーリィコンデションを提供する>というものであった。

2人が理想としたトーナメントの第1回大会の当初はAUGUSTA NATIONAL INVITATIONとして1934年3月22日開催された。その後1940年から正式にMASTERS TOURNAMENT(名匠達の…)として4月第1週に歴史を刻むこととなる。

28歳の若さで競技ゴルフを究めてしまっていたボビーにとって、コースはもはや戦いの場ではなくなっていたが、1931年から46年間に渡ってクラブチェアマン、そしてクラブ史上唯一人のプレジデントとして理想のトーナメント創りに後半生を捧げることとなるクリフォード・ロバーツの強い説得により全12回のトーナメントに参戦、戦績は第1回大会の13位が最高位であった。

15番ホール、奇跡のダブルイーグルの歓声が世界中にこだましたと言われる第2回大会優勝のGENE SALAZENは、往時を振り返って「彼は一緒のプレー中多くを語らなかったが、ショットの度に大勢のギャラリーが走り出して、ちょうど現在のタイガーのようであった。」と述壊していたという。

1942年にはBYRON NELSON、1950年に入ってBEN HOGANが2回、1958年にはARNOLD PALMERが登場して1964年まで4度のグリーンジャケット、そして帝王JACK NICKLAUSは1963年から1986年に46歳で最年長優勝遂げるまで6回のウィナーレコード、爍然と輝いている。
よりフェアでエキサイティングなゲームを求めて、今では当たり前の4日間18ホール制の採用(それまでは3日目に36HS)や会場のリーダーズボードの設置、そして現在も毎年繰り返されるコース改造。パトロンと呼ばれるギャラリーとボランティアの感動の共有、メディアとりわけ映像表現にまでこだわったTV中継のシステムなど…。

ボビーとクリフォード、ふたりのロバーツはほとんど半世紀に渡って、可能な限りの商業性を排除しながら理想のトーナメントの夢を追い続けたのである。

投稿日:   作成者: admin   カテゴリー: スタッフブログ

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